ABOUT
データーアーキテクチャラボ 設立趣意
ブロックチェーンからデーターアーキテクチャへ
2016年のSFC研究所ブロックチェーン・ラボの設立後、我々は、自律分散協調型の信頼の形成と信頼情報共有の基盤であるブロックチェーン技術の活用を検討してきた。
一方、この6年間、世の中では、様々なサイバー空間中でのシリアスな問題が極めて速い速度で顕在化してきた。フェイクニュース、ソーシャルネットワークによる情報の集約、サイロ化、エコーチェンバーによる分裂した意見毎の情報共鳴といった課題への対応が急務であることは様々な立場の人々の共通した認識となってきている。まだしばらくは続くであろうコロナ禍の現在、問題は拡大しつつも収束する見通しは一切ないといっても過言ではないだろう。
2020年4月、コロナ禍の始まった年に、上記のような課題への対峙の方向性として、「ニューノーマル時代における人間の社会活動を支える情報基盤の在り方とデジタルアイデンティティの位置づけ」1というディスカッションペーパーを弊ラボから公開した。さまざまなフィードバックが得られるとともに、この文書がサイバー空間中でのトラストできる領域の拡大を目指すTrusted Web推進協議会2での議論へと発展し、2021年6月に「ホワイトペーパVer.1.0」、2022年8月に「ホワイトペーパ Ver2.0」3 が公開され、その後も、活動が拡大しつつある。さらに、2022年4月、我々はトラステッド・インターネット・アーキテクチャ・ラボ(TIAL)4を富士通の協力を得て設置し、偽情報にまつわる課題に取り組み始めた。人材育成のために、2022秋学期においてトラステッド・インターネット概論5をTIALと同様に富士通からの協力によって開講した。そして、ウェブ記事と広告の健全化に対しOriginator Profile技術6の実験運用を2023年に開始すべく、慶應義塾大学 グローバルリサーチインスティテュート7の≪良質なメディアと一般市民のメディアリテラシーを支援するWEB標準技術研究会8≫と連携しつつ、弊ラボのメンバを中核としたチームにより取り組んでいる。
これらの対象領域は、公的/私的、グローバル/国際/国内といった軸で方向性が異なる。それぞれの個人や法人がどのように信頼できる通信をプライベートにおこなえるのか、新聞社のような大きな信頼できる情報供給者がどのように情報を届けられるのか、そして、個人のような小さな情報提供者による情報を、それぞれの情報受信者がどのように峻別し役立てることができるのか。これらの違いを念頭におきつつ、インターネットの持つグローバル性を最大限に活かせるように取り組んできている。
以下の図は、ここまでの取り組みを図示したものである。
これらの対象領域いずれにおいても、ディスカッションペーパーでも述べたように、デジタルアイデンティティ技術が中核技術として重要な役割を果たす。一方、非集中型技術や、自己主権型アイデンティティ技術への待望論は強いものがあるが、いまのところ、サイバー空間に対して人がアクセスするときには、共通の信頼できる者を仲介にするアプローチを用いることが必須である。言い換えるなら、インターネットを使うには集中型の信頼の起点となるエンティティを起点とした信頼のブートストラップが必要である。そのため、既存の技術を手がかりにしてこそ、非集中型システムの現実的な解があると考える。つまり、非集中型の最大のメリットを活かすためには、集中型システムの手助けを受けるのが、現実的な解であろう。Trusted Web推進協議会での議論は、まさにそのような手法の具現化であり、Trusted Webでの活動は、2019年にダボス会議およびG20大阪サミットにおいて日本から提唱された Data Free Flow with Trust (DFFT) 9 の具現化へとつながるだろう。
これらの活動でツールとして活用しているW3Cによる非集中化ID標準(Decentralized Identifiers)や、検証可能な資格証明に関する標準(Verifiable Credentials)などは、当初ブロックチェーン技術による刺激を受けたバイアスに傾いていたが、より広い使い方ができるものとなっている。この2つの標準には弊ラボのメンバーがW3Cのワーキンググループのメンバーとして積極的に関与しているとともに、多言語化といった拡張についてもVerifiable Credentials標準に組み込むことを提案し、その議論が進行している。我々のブロックチェーン技術に対するスタンスは、ブロックチェーン技術を真摯に評価し、適切に使うというものであったこともあり、ここでのブロックチェーンに拘らない形へのシフトは首尾一貫したものである。ここまでの議論を振り返るに、我々はブロックチェーンに囚われるのではなく、ブロックチェーンを意識しつつも、データ、コード、オペレーション、ガバナンス、それを共有するコミュニティといった関係の整理を意識しつつ10 11 12、ガバナンスデザインを中心に暗号技術を適用したセキュアなデータモデルを対象領域とするべきであると思い至った。
そのため、我々は、対象領域をブロックチェーンという狭い領域に絞るのではなく、データの確認可能性を広げて行く非集中型志向の技術を組み合わせる現在の我々の研究手法、すなわちデーターアーキテクチャを中心とした研究へとラボの舵を修正することにした。名称を改めるとともに、このコンセプトのもとに研究を拡大してゆくことになる。
このため、ブロックチェーン・ラボは、 データーアーキテクチャラボと名称を変更することにした。なお、正式な名称変更は11月中旬の学内承認をもって確定する予定である。
我々の新たな、かつ、長期視点でのミッションの1つは、Trusted Web推進協議会のホワイトペーパにあるような高い抽象度でのデータアーキテクチャの発見と提案になろう。たとえば、特定の技術に依存するのではなく、インターネットを流通するデータのやりとりのありかたを、データーアーキテクチャ視点で整理し、汎化されたデザインへと昇華させる、いわば、プロトコルパターンとして整理してゆくことが、我々の仕事の1つの大きな流れとなるだろう。
以下に、2016年のブロックチェーンラボの設立趣旨を再掲する。
自律分散型の信頼の形成と信頼情報共有の基盤であるブロックチェーン技術が、仮想通貨ビットコインによって普及しつつある。ブロックチェーン技術は、インターネット上に、P2Pと暗号技術を用いて、非中央集権型の分散ネットワーク台帳を実現するところに特徴があり、仮想通貨のみならず、改ざんされていないことの保証が必要な台帳として、さまざまなアプリケーションに適用できる。
アカデミアの立場では、仮想通貨にとらわれない応用の研究が急務である。これを実現するには、1)ブロックチェーン技術の安全性と安定性の検証と関連ソフトウエア開発、2)多様な応用分野での展開のための実証基盤の構築、3)グローバルアカデミズムを中心としたネットワーク型研究拠点の構築が必要である。
ブロックチェーン・ラボでは、内外の研究者と協調しつつ、上記の研究を推進する。
-
ニューノーマル時代における人間の社会活動を支える情報基盤の在り方とデジタルアイデンティティの位置づけ https://kbcl.sfc.keio.ac.jp/TR/global-digital-identity-for-new-normal/ ↩︎
-
内閣官房デジタル市場競争会議 Trusted Web推進協議会 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/trusted_web/index.html ↩︎
-
Trusted Web ホワイトペーパ https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/trusted_web/index.html ↩︎
-
トラステッド・インターネット・アーキテクチャ・ラボ https://tial.sfc.keio.ac.jp ↩︎
-
トラステッド・インターネット概論 (寄附講座) https://syllabus.sfc.keio.ac.jp/courses/2022_47529?locale=ja ↩︎
-
Originator Profile https://originator-profile.pages.dev/ja-JP/ ↩︎
-
慶應義塾大学サイバー文明研究センター (CCRC) https://www.ccrc.keio.ac.jp ↩︎
-
良質なメディアと一般市民のメディアリテラシーを支援するWEB標準技術研究会 https://www.ccrc.keio.ac.jp/research/wgml/ ↩︎
-
DFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通) https://www.digital.go.jp/policies/dfft/ ↩︎
-
Multistakeholder Governance for the Internet Financial Cryptography and Data Security. FC 2020. Lecture Notes in Computer Science, vol 12063. Springer, Cham., Kota Kinabalu, Malaysia https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-030-54455-3_17 ↩︎
-
ブロックチェーン技術等を用いた金融システムのガバナンスに関する研究 慶應義塾大学SFC研究所ブロックチェーンラボ / 金融庁 総合政策局 総合政策課 フィンテック室 https://www.fsa.go.jp/policy/bgin/information.html ↩︎
-
“Dependency among Data, Code, Governance, and Operation in Trust, Symposium on Designing the New Cyber Civilization,” Cyber Civilization Research Center, Keio University, January 2022. https://www.ccrc.keio.ac.jp/wp-content/uploads/2022/02/Suzuki-Kurosaka-Murai-Dependency-among-Data-Code-Governance-and-Operation-in-Trust.pdf ↩︎